ナチュラルビジネスベーシック

昔から存じ上げているお客様に、「営業風トークがキモいよ」とご指摘頂いたことがある。

自分にとっては目の前の霧が晴れるようなご指摘だった。

単純に言葉を文字にしてしまうと、「営業風トークがキモいよ」であるが、文脈を正確に示すと「(旧知の仲で、お互いどんな人間か知っているのに、いまさら)営業風トークが(前面に押し出して来られても、俺は君がどんな人間か全部知ってるんだから)キモいよ(やめたほうがいい)」ということだ。括弧の中は語られない行間というやつである。

ビジネスを長く続けていくには、自然体でやるしかない。
何かを偽っていても、それはメッキだ。ぽろぽろと剥がれ落ちていく。しかし同時に、自然体とは何なのか、自然体とはなんだろう、そう思い始めてしまった。

 

かつてビッグダディという愛称で茶の間の人気者になったタレントが、その冠番組内で「俺はこういう人間だ」と開き直ったシーンが一躍話題になった。

その場面は詳しくおぼえていないが、その当時の奥さんと喧嘩していたタイミングだったか何かで、世間的には開き直りだなんだとひどく叩かれていたように思う。

当時は、開き直りだ、最低だ、などと、各所で話題になっていたように思う。しかし、自分が自分であることを強く肯定することは決して最低な行為ではないと思う。

全国放送のカメラの前で、妻との痴話喧嘩の様子を見せながら、悪びれた様子も少しの逡巡もなく、「自分がこういう人間である」と言い切れるのはすごいことだ。

 

最近というより少し前から人気のあるタレントに、ローラというモデルがいる。狙ってか狙わずかはわからないが、大御所タレントにもタメ口を使うし、テレビ番組内でも自由に発言する。
しかし不思議と嫌われないし、オファーは絶えないように見える。

これまでの流れだと、あの手のタレントはネット上でものすごく炎上するように思ったが、ローラについては不思議と悪く言われていないように見える。

彼女も彼女でビッグ・ダディと同じ自然体だと思うのだが、人々が持つ印象は全く違うようだ。
どちらも既に著名である時点で、素晴らしいセールスマンだ。やり方はどうあれ、自分を売るということにおいては、既に大成功を収めている。

 

世の営業成功本などには、できる営業マンは自然体だと書いてある。自然体を意識することはもはや自然ではない。だが、ものを大量に売るには自然体でなければならないとビジネス書は説く。

一方で、自然体もそのあり方を間違えれば、好かれも嫌われもする。ビジネス書で説くような自然体は、少なくとも嫌われているような人のことを言ってはいないはずだ。

自然体過ぎて、リラックスしすぎると失礼なやつだと言われてしまうし、ビジネスに寄りすぎるととっつきにくいやつだと言われてしまう。

 

では、自然体とは、結局なんなのか。
それは他者にとっての居心地の良さではないか。

自分を他者にとって居心地のいい人間に変えることによって、あるいは変える努力をすることによって、他者にとって話しやすい空気、過ごしやすい空気ができあがるではないか。

 

自然体とは自分自身のことを言っているのではなく、自分と対峙した状態の他者のことを言うのではないか。

他者が自分と過ごすときに心地いいと感じれば、自分がいくら装っていても他者は自然でいられる。自分の自然が他者にとって居心地が悪ければ、それは他者にとて自然でもなんでもなく、ただの居心地の悪い空間だ。

これを簡単に作り上げられる人もいれば、大変な努力を要する人もいる。

ただ、重要なのは意識せずに作り出せるかどうかではなく、作ろうと意識することではないかと思う。様々なビジネススキルと組み合わせて、他者にとって居心地のいい空間を作り出せた時、素晴らしいセールスマンになれるのではないだろうか。しばらくこれを試していこうと思う。

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