月別アーカイブ: 2014年11月

「お世話になります」は本当にワイルドカードか

「お世話になります」とか「お世話になっております」が気になっています。

その文法の正しさとか、伝えたい意味とか中身とかは置いておいて、つい使ってしまう強い魔力が「お世話になります・なっております」には含まれていると思います。

「お世話をしている」方なのか、「お世話をされている方」なのかはこの際置いておいて、とりあえず世間がお世話しまくっている現状には慣れてきました。

 

しかし、最近では脅迫でもされているかのように、初めてのメールやり取りでも、お世話になっておりますが横行しているじゃありませんか。私は初メールの時は「初めまして」と書くものだと思っており、実際そうしていますが、最近ではとにかく誰彼構わず、最初から「お世話」しまくっている気がしています。

以前の職場では、社内メールでも「お世話になります」社外のお客様にも「お世話になります」が横行していたので、個人的には「お世話のなり方に差をつけるべきではないか、お世話になっているありがたさを表すには少し表現が足りないのではないか」などと思っていたのですが、そのような「余計なお世話」もなきものにしてしまうほど、世間のお世話になり具合は大変なものです。

しかも、最近では

『お世話になります、AA会社のBBです』

という電話に対して(この電話には異論はありません)、

『あ、お世話になります〜』

と返すじゃないですか(私は特に)。

私は、自分が「あ、お世話になります〜」と答えを返すたびに、「お世話になります〜」ってなんなんだ、「あ、」ってなんなんだ、「これからお世話になる」というゲスな心情を明言しているのか、いや、もはや「いつもお世話になっております」という相手への敬意すら崩れ去っていて、短縮してもよいと思い込んでしまった現代人のサガなのかなどと考えてしまい、なんだかよくわからなくなってしまうことがあります。

 

一体なんのお世話をしているんだ、お世話ってなんなんだと考えていると、頭が混乱してきたのですが、この状況は「よろしかったでしょうか」が蔓延した時に非常に似ているのではないでしょうか。

「よろしかったでしょうか」症候群は、今では「声に出して言っちゃうけど聞きたくない日本語」として、世間から立派に認知されていますが、旋風を巻き起こした時はどこぞのアルバイト店員の言葉遣いがおかしいよね?みたいな話からだったと記憶しています。

その後、「よろしかったでしょうか」は正しい、正しくない、「よろしかった」が問題、「でしょうか」には問題がない、むしろ「よろしかったでしょうか」全体で考えた時に完成している、などいろんな議論が飛び交いました。

アルバイトのマニュアルに組み込まれた、というような噂が流れるほど「よろしかったでしょうか」はメジャーとなり、それまで散々批判を繰り広げていた40代以上のミドル層も「よろしかったでしょうか」を連発しているような気がします。

現在では「よろしかったでしょうか」は相手を挑発するためにわざと「よろしかったでしょうか」と発言する鉄板ジョークにまでその地位を高め、「全然大丈夫じゃない・全然大丈夫」論争と並ぶメジャーな地位まで上り詰めています。

 

私は、「お世話になります・なっております」は「よろしかったでしょうか」に匹敵するポテンシャルを持っているのではないかと考えています。

「お世話になります」からの「お世話していない」は十分に鉄板ジョーク化するだけのパワーと勢い、使いやすさがありますし、「お世話」という言葉に含まれる「最初から許されてる感」はTPOを選ばず使えるジョークとしてその地位を急激に高める可能性があります。

 

今後、「お世話になります・なっております」は新人教育に組み込む企業も増えてくるのではないでしょうか。

それが一般的になってくると、今度は「※お世話になっているかどうかは関係ありません」みたいな注釈がつくようになり、最終的には日本中が「お世話」しまくるようになる可能性があります。

 

このように、「お世話になります・なっております」は新たな「声に出していっちゃうし、聞いても心地いい日本語」というジャンルを確立し、その勢いを日本全国の社会人以外にも浸透していくに違いありません。

ですから今後も、「お世話」になっているかいないかに関わらず、「お世話になります・なっております」は日本を牛耳っていくと思うのです。

 

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BLOGの文体に悩んでいる話

BLOGの文体というか、語調には昔から悩んでいます。

 

文体には大きく三つの方向性があり、一つは「であるだ」調、もう一つは「ですます」調、そしてもう一つが「過度な口語」調です。

「口語」を「過度な口語」としたのは、「ですます」もある意味「口語」ですので、差別化するためです。ここで言う「過度な口語」というのは、いわゆるタメ語です。

 

基本的にこのBLOGは「ですます」調で書く事にしているのですが、過去記事をたどって頂くと、「であるだ」調で書いているものもあります。

「であるだ」調をやめた理由は特に明確にはしていませんが、書く内容が「であるだ」にハマらなくなってきたからだと思っています。

私自身は「であるだ」に強い憧憬があり、何度も「であるだ」に挑戦しては敗北してきた過去があるのですが、その度に「ですます」サイドに追いやられ、「であるだ」からの脱却を余儀なくされています。

 

そんな経緯もあってか、最近自分のBLOGに最適の文体は何なのか、ということをぼんやりと考えていました。

基本的には、BLOGという媒体を通じて表現したい著者の人物像にあわせて、語調を選んで行くのがいいと思いますが、客観的な意見も取り入れるべきだと思い、BLOGの語調について色々と調べてみました。

すると、色々と語調について触れられている記事がありましたが、それらの論点を取りまとめると以下のようになります。

ですます
=>丁寧、人柄の良さが出そう、初めての人にも優しい

であるだ
=>かたい感じ、マジメそう、とっつきにくさがある

口語
=>親しみやすい、ノリがいい

 

概ね私のイメージと外れていないのですが、これだとどうも現実感がありません。

丁寧は何を持ってして丁寧なのか、ノリがいいのというのはノリが悪いに比べてどの程度ノリがいいのか、その辺りを現実的な線ではっきりして頂かないと、私にはどの選択をとるのが正しいかがわかりません。

 

ですので、もう少し自分の中でブレイクダウンしてみるべく、私の勝手なイメージですが「ですます」、「であるだ」、「過度な口語」BLOGの著者に抱くイメージを考えてみました。

 

『ですます調』

  • 子供が二人いそう
  • 洋食にはビールを合わせそう
  • 自然素材のTシャツを着ていそう
  • Macbook Airを使っていそう
  • 外付けHDDはRAIDを組んでいなさそう
  • 映画が好きそう
  • Tsutayaより、hulu派

 

『であるだ調』

  • 子供はいない、または独身
  • 洋食には赤ワインを合わせそう、または洋食は食べないとか言いそう
  • 色の薄いジーパンを履いていそう
  • Thinkpadを使っていそう
  • 外付けHDDはRAID5をくんでいそう(満足はしていない)
  • 吹き替えの映画を見なさそう
  • フルーツ類が嫌いそう

 

『過度な口語』

  • 家族の話題はマジ勘弁
  • ナポリタンとかパねえ
  • デニムはリジッドから自分流に仕上げる
  • パソコンとかマジ勘弁
  • ハードディスクレコーダーはマジパンパン
  • アナ雪3回見た
  • フルーツヨーグルトマジうめえ

 

これらの中で自分に合っていそうなのは、やはり「ですます」か「であるだ」という事が言えそうですが、「過度な口語」も書いていて楽しそうな感じがしてしまいます。

しかし、こうやって見てみると、ネット上の海の中で「過度な口語」を演じてみるのも悪くないと思えてきます。

例えば、

昨日うちに届いたニューマシンにCentOSの7とかぶち込んだんだけどー、ifconfigとか使えなくなってんぢゃん・・・マヂ勘弁だゎ

とか、

RAID5の救済で一日つぶれたし・・・やっぱこのタイミングでRAID10にかえっかなー。金ねーっつーの。だし、リビルド中にデータ退避する場所必要だべ・・・^^;

みたいな、極めて日常生活をエンジョイしている感を出す事ができるのです。

 

私がこのBLOGで醸し出しているような、

ディスクの故障を考えると、RAID5も安全とは言えず、容量を減らしたとしてもRAID10を組む方が安全だと考えています。RAID10ではコスト面で検討の余地がありますが、長期目線で検討した場合に、決して高い投資とは言えません。

みたいな、陰気臭さというか、弾けてない感というか、一年中キーボードの隙間にはまった埃を気にしているような仄暗さみたいなものが感じられません。

前者はまるで、「RAID」や「CentOS」というクラブミュージックの話をしているかのようにノリノリです。

 

今後、ITエンジニアがさらにメジャーフィールドを駆け上がって行くには、「過度な口語」調からくる「シブヤ感」をまとわせる事が必要かもしれません。

「ですます」調は私に任せて、皆さんは先を急いで・・・!

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人類の敵「その他」フォルダ対策

どうも、人間というのは「その他」が好きです。

分類がめんどくさいからなのか、分類を考えるのが嫌なので後回しにしているのか、あるいはその両方か。明確に分類されたフォルダ構成の中に、「その他」が混ざってくると、あっという間に「その他」使用率があがります。

かく言う私自身も「その他」愛好家ですので、仕事のデータから過去の資料から、何から何までとりあえず「その他」につっこむ癖があります。

「その他」につっこんだ後には、「その他」の中で階層分けをしてディレクトリを切って行くなんてことも始まってしまうので、「その他」主導の政治が始まってしまい、正規のディレクトリ住民たちが被害を被るなんて話もよくあります。

私の場合も例外でなく、過去に作成した資料やデータ、「参考のために!」という高い志でダウンロードしたホワイトペーパーなどを崇高な「その他」フォルダにつっこんでいたのですが、いよいよどこにあるかわからなくなって困ってきたので、整理を考える事にしました。

 

とまあ、色々考えたふりなどをしてみたのですが、我が家のファイルサーバはLinuxなので、とりあえずシェルを書いて自動分類しよう、というのは即決です。

問題は分類の方式なのですが、資料の方向性ごと、用途ごとなど、感情の挟まる隙間があるとどうしようもなくなってしまうので、拡張子ごとに整理するという方式をとりました。

拡張子で分類されてしまえば、「パワポ、パワポ、あのときのパワポ・・・」と無駄な時間を過ごす必要もなくなり、該当する拡張子フォルダさえ探してしまえばいいからです。

 

さて、書いたシェルはこちらです。

raspberry piで動かして、問題なく動いているので、Linux環境であれば動くと思います。

 

シェルを叩くと、最初に拡張子を入力させます。

pdfならpdfと打てば、srcフォルダ内の.pdfファイルを探し出して、 dstフォルダ内にpdfというディレクトリを切り、そこに移動してくれます。

mvコマンドに-bのオプションがついていますので、同名のファイルも上書きされずにチルダがついてバックアップファイル扱いになります。

あまり汎用性が高くないですが、個人事業の仕事ファイルを分類するには十分な便利さとスピードです。

これでさらに「その他」フォルダの活用が増えそうという本末転倒な結末を迎えそうな気がしますが、その時はこのシェルにがんばってもらう事にしましょう。

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MFクラウド請求書が使いやすい

サラリーマン時代は、見積もり、納品、請求、領収それぞれに書類を作る事はなかった訳ですが、独立してからはそれぞれお客様に提出する書類を作らなければならなくなりました。

ならなくなった、というより、自分でその道を選んだので、むしろご請求書を作成するのはありがたい事なのですが、WordやPagesなんかでフォーマットを作って埋めていったりすると結構面倒なのが正直なところです。

そこで、確定申告用の会計にも利用しているMFクラウド請求書を使用してみることにしてみました。

https://invoice.moneyforward.com/

 

無料でも3社まで取引先を登録する事ができ、一通りの見積もり、請求などの書類を試してみる事ができます。

とりあえず便利すぎるのが、見積もり書を作った後、請求書にボタン一つで変更できる事です。

他にも、月額500円プランなら、3社まで請求書の郵送が無料だったり、作業履歴を保存してくれたりと、個人事業主にとってはわずか500円で色々便利なことをしてくれます。

私の場合は、MFクラウド確定申告も利用しているので、売掛金の管理も同期して行う事ができます。

文書の履歴管理、PDF化、メールでの送信など、とりあえず必要な事は全部そろっていて最強な感じがしています。

 

最初は、色々な会計ソフトやらクラウド会計ソリューションを試してみて、最適なものを選んでいこうかなあと考えていたのですが、もう他のものを試す時間すら面倒だと思ってしまうほど、MFでOKな感じです。

Pagesでがんばってフォーマットを作ったりしていたのですが、最初から、素直にMFに登録しておけばよかったと、少し後悔しています。。。

ですが、がんばってフォーマットを作ってみたという苦労ありきのありがたみなので、やはり一度自分で作ってみるのは大事だなと思うのです。

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「失敗」と「再挑戦」の「難しさ」?

私が「独立する」とか、「独立した」とか言うと、決まって、「失敗したらどうするの?」と聞かれます。

最初は反論したり、諭そうとしてみたりと色々やっていたのですが、最近ではニコニコすることにしています。

失敗したらどうするのかは、失敗したときに考えることです。そもそも失敗の定義って何かわからないので、失敗って何だろうなと、心の中では思っています。

そもそも、私は学生時代に一度起業がうまくいかなかったことがありますので、これを「失敗」だと考えると、最初の「失敗」に関しては、「失敗したらどうするの?」という問いに対して、「色々あって大手のITゼネコンで正社員として働きました」という答えを返す事になります。世間一般的には、「失敗」したけど立ち直っています。

こういう事を言うと、大体、「運がよかったんだね」とか、「自分には無理だ」とか言われてしまうのですが、これにも少し反論があります。

運が良かった事は全面的に否定しませんが、仮に「運が良かった」だけ、だとしたら、いずれ肩たたきに合うか、面白い仕事をさせてもらえず閑職に追いやられていたと思います。少なくとも、私は閑職には追いやられず、楽しいプロジェクトをいっぱい経験させてもらえたので、独立しようと思いました。

「自分には無理」かどうかは、私にはわからないし、その人自身にもわかりません。確実なのは、「無理だ」と思っている人は何をやっても「無理だ」ということだけです。

他にも、「今の給料は惜しくないの?」とか、「生活苦になったらどうするの?」と聞かれますが、これもなぜ聞くのかわかりません。

これまでの給料については、機会損失的な考え方をすると、「惜しい」という発想になるかもしれません。しかし、私にとっては、自分が新しい経験をしてみることの方が、不明瞭な基準で支払われる組織の給与よりも価値が高いのです。つまり、私はもらえるはずだった給料を自分に投資して、新しい経験を得る機会を得たと思っています。ですから、給料が惜しいと思った事はありません。

「生活苦になったらどうする?」も、あまりよく意味のわからない質問ですが、やりたいと思っている仕事で十分な収入を得られなければ、「生活レベルを下げる」か、「その場しのぎの仕事をして収入を増やす」かのどちらかを選択します。一生懸命経験を積み上げてきていれば、実は引き出しはいっぱいあるので、色々と仕事は見つかるものです。「生活レベルを下げる」のも簡単です。例えば、車を持っているなら手放せばいいし、車が手放せないなら他のものを手放せばいいだけです。

生活費についても、事業のためだけに貯めたお金が運転資金となっているので、「失敗」してもそのお金がなくなるだけです。別に、なくなればまた何かの方法で貯めればいいので、これも「失敗」とは思えません。そもそも、事業資金や運転資金を貯められない、貯めていないで独立するとすれば、これは「無謀」なのか、「独立することに対する情熱がない」ということなので、論外です。

今回の独立も、「失敗」に終わったとしたら、また「色々あって大手のIT起業ではたらいている」かもしれません。世間的には「失敗」でも、私にとっては「成功」で、違う道を歩んでいるかもしれません。

妻にもしっかりと思っている事、事業がうまくいかない可能性もあることを伝え、何度も理解しているかどうかを確認しているので、納得の上で一歩を踏み出しています。

「失敗」を恐れる気持ちもわかりますが、悩みのジャグリングの中で不用意に不安に思う必要はないと思います。

そもそも「失敗」の定義が曖昧です。起業したところで最初からうまくいくはずないので、それを「失敗」としてしまったら、何も始まりません。

私も含めて、「ITエンジニア」という、世間一般的には「ワケの分からん」ことを仕事にしている人は、多くの独立のチャンスと、多くの救済のチャンスに恵まれていると思います。

世間一般的に「ワケのわからんもの」と「それを作れる」というところの間には、我々が考えている以上のギャップがあるわけで、それを埋める作業には多くのビジネスチャンスが転がっているはずです。そのギャップを大企業が根こそぎ搔っ攫おうとしても、できるはずがありません。

仮に大部分を搔っ攫われたとしても、ぽろぽろとこぼれるチャンスを丁寧に拾っていけば、個人エンジニアが活動していくチャンスは大いにあるはずです。チャンスがなきゃないで、また色々と考えてみればよいと思います。

多くの場合忘れられがちですが、「独立することを選び実践した人」は、「独立することを選ばなかった人」よりも、遥かに短い時間で、遥かに多くの経験を得ていることは間違いありません。ストレス耐性や、顧客折衝においても、比較にならない勢いで成長します。

そう考えると、何百万円かのお金を使って、「独立する」という経験をしてみるのは、非常に効果の高い投資であると考えざるを得ません。そして、自分が既に「失敗」を経験してしまっているだけに、「再挑戦の難しさ」には、疑問符を打たざるを得ないのです。

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悩みのジャグリング

岡田斗司夫さんの著書「あなたを天才にするスマートノート」の中に、「悩みのジャグリング」という言葉が出てきます。

これは悩みを頭の中でひたすら考えているうちに、どんどんとループして、収拾がつかない状態になってしまう、というものです。

私自身はこの状態によく陥ります。それこそ、悩みだしたら止まらないという、名人的な才能を持っていますが、「ジャグリング」といういいネーミングをつけてもらい、スマートノートを始めたことによって、名人の座を返上する事ができそうになっています。

「悩みのジャグリング」について書かれている部分には、鉄鋼王カーネギーのエピソードが登場します。

カーネギーはある時、悩みすぎていっぱいいっぱいになってしまい、「もう死んでまおかな」と、自殺用の拳銃まで用意した事があったそうです。

いざ死のう、と身構えたときに、ふと「待てよ、悩み何個くらいあんねん?」と自分の悩みを紙に書き出してみたそうです(※関西弁は私の勝手なイメージです)。

カーネギーのイメージの中では、悩みは100個も200個もあるように感じていたようですが、実際に書き出してみると、70個しかなかったそうです。

それらの悩みをうまく仕分けしていくと、自殺の事なんてどうでもよくなった、というお話です。

その話に重ねるように、岡田さんはスマートノートを始めると「悩みのジャグリング」から抜け出せるし、鬱状態も改善するよ、と仰っています。

「そんなうまくいくかねえ」とコラムを読んでいるときは思っていましたが、実際にスマートノートを始めて1週間で、私の悩み癖はびっくりするほど改善しています。

「悩み始めてしまう」という行為自体は以前とかわらずあるのですが、悩みを全てスマートノートに書き出してしまうと、悩みが分類され、細分化され、明確に着手箇所が見え始めるので、悩んでいる時間が格段に短くなったのです。

スマートノートのさらにすごいところは、今まで嫌で嫌で仕方がなかった「悩んでしまう」という自分の行為が、「お、悩みきた」というプラスの感情に転換できるようになったところです。

なぜプラスの感情になるかというと、「悩み=スマートノートに書く事」つまり、「悩み=トピック」に転換できることに気付いたからです。

スマートノートを書くのは非常に楽しいのですが、始めて三日目くらいで、「スマートノートに書く事がない=悩み」になりそうな、危険な状況を迎えそうになりました。

その時に、とりあえず落書き気分で、「スマートノートに書く事がない」という「悩み」をトピックにして、「ほんとにスマートノートに書く事ないの?」、「なぜスマートノートに書く事ないって思うの?」と掘り下げてみました。

そうすると、「書く事がない=悩み」ではなく、「書く事がない=トピック」になったのです。

今までトピックがない事が悩みになりそうだったのに、悩みがトピックになると気付いてからは、「エウレカ!」です(規模は極小ですが・・・)。

世の中には、私と同じ「悩み性」の人がたくさんいらっしゃると思いますが、そういう方にこそ絶対的にスマートノートがおすすめです。スマートノートは、本当に頭がすっきりします。

 

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岡田斗司夫さんのスマートノートがいい

岡田斗司夫さんの「スマートノート」がすばらしいので、いいメモの取り方を模索されている方は試されるといいかもしれません。

最近また、私の中での岡田斗司夫さん著書ブームが再燃しています。そこで手に取った「あなたを天才にするスマートノート」という本に書かれているメモの取り方がとても気に入って、11月1日から始めましたが、毎日見開き5ページは書いています。

内容としては、ノートをうまく活用して、「発想力」、「論理力」、「表現力」を鍛え、最低でも「面白い人」、あわよくば「天才」を目指しましょうというものです。

本書によると、ノートの付け方は7段階のステップを踏む形になっています。最初はノートをつける習慣をつけましょうという、簡単な5行日記から始まります。

ルールとしてはシンプルで、

・必ず見開きで1トピック
・見開きの右ページから書き始める
・右ページには事実、左ページには気付き、面白いことなどを書く

のような事を守っていれば、何を書いてもいいというものです。

詳細は本書を読んで頂いた方がいいので、ここでは触れませんが、「右から書く」というやり方が恐ろしいほど自分に合っているようなので、毎日ひたすらアイディアが溢れてきています。

これまでは、「とりあえずB6のノートに書きなぐる」というスタイルをとっていました。これだと自分の考えている事、岡田さんの言う「感じていること」を書き留める事はできるのですが、どうも後から見返したときに論理的でない事の方が多いのです。

どうも深い思慮が足りないというか、いまいちその先に進むには弱いというアイディアばかりで、すごく時間を無駄にしているように感じていました。

ところが、スマートノートを使って、一ページ一トピックで深い考察を始めると、その結論が正であれ否であれ、自分の考えている事が客観的に見えるようになったのです。

まだまだ、ブログが面白く書けるレベルには全く達していませんが(残念ながら)、岡田さん流スマートノート術は非常に私に合っていると感じています。

追加と言ってはなんですが、この本の魅力はスマートノート術だけではありません。随所にちりばめられた岡田さんのコラムと、巻末(kindle版だけ?)の勝間和代さんとの対談が秀逸なのです。

私も岡田さんに習い、勝間さんのサイトと岡田さんのサイトの構造や、誘導の仕組みを勉強しました。

いまいち生かせていないのが残念ですが、なんとか自分の仕事サイトに生かせないかと毎日頭を悩ませています。

思考の整理がうまくできないなあ、という方には、「あなたを天才にするスマートノート」がおすすめです。

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IT講師のお仕事

以前から興味を持っていましたが、IT講師のお仕事も面白そうだなと思って色々と調べています。

といっても、いきなり教室を開くノウハウもないので、何らかの形で既存のビジネスに参加させて頂き、方法論を学ばせて頂く事になるかとは思います。

元々、自分の技術やノウハウを世の中に還元する方法を模索するために独立したような所もあるので、IT講師という切り口は、私にとって挑戦してみたい一つの方向性に合致しています。

また、講師という立場になれば、否が応でも多くの人の前に立ち、プレゼンテーションを行う事になります。その経験を定期的に得られるというのは、自分自身のスキルアップとしても多いに役立つと考えています。スキルアップさせてもらいながら、かつお金も頂けるとなれば、これは挑戦してみるしかないなあと、一人にやにやしているのです(採用して頂けるかは別問題ですね)。

通常、サラリーマンとして仕事をするとなると、たいていは一つの部署、一つのプロジェクトに縛られる事になると思います。しかし、会社員から独立すれば、何をどの配分で行うかは自分次第という考え方ができます。週の半分はプロジェクトに参加し、週の半分はコンサルを行い、残りの時間を講師にあてる、なんていう働き方も可能性としては存在します。

堀江貴文さんがよく仰っているのですが、一つの会社で働き、一つの会社から収入を得る事と、独立して複数の会社から少しずつ収入を得る事を比べたとき、独立して複数の会社から少しずつ収入を得た方がリスクが低いという考え方があります。

一つの会社に属していると、何らかの事情でその会社で働けなくなったとき(倒産、いじめ、上司と壊滅的に合わないなど)、全収入を一気に失う事になるので、非常にリスクが大きいという考え方です。

私も全面的にではありませんが、この考え方には賛同しています。昔、何かで読んだ100人の顧客を持つカーディーラーの男と、一流企業で働く男の会話に非常によく似ています。

仕事というのは目線や切り口を変えて考えていけば、いろんな形でチャンスが転がっているものだと思います。私はIT講師になりたくて独立したわけではありませんが、独立した後の一つの仕事の切り口として、IT講師を経験したいとは思っています。

これじゃなきゃダメだ、とカテゴリーに縛って考えるのではなく、「何か面白いことないかなあ」と探していくと、意外と簡単に新しい仕事の切り口が見つかるものだと思います。

そう考えると、一つの会社で働き続ける方が、人によっては、リスクが大きく思えてくるかもしれません。

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Crowdworksでのお仕事

先日Crowdworks経由で初の仕事をさせていただきました。Crowdworks経由での受注は初でしたが、こういうような仕事の仕方が成立するというのは、すばらしい時代になったと思います。

仕事も私の経験が活かせるネットワーク関連のコンサル的な内容で、お客様からもありがたい評価をいただくことができました。

日本ではまだまだ知名度の低いクラウドソーシングですが、世界的に見ると、oDeskやElanceなどが有名で、取引金額も年々増加しています。この流れが日本でも主流になってくると、さらに独立して働く人が増えるのではないかと思います。

Crowdworksの吉田社長の著書である「クラウドソーシングでビジネスはこう変わる」も拝読しましたが、社長自身の熱さが伝わってくるすばらしい本であったと思います。

巻末にはCrowdworksを活用している企業や個人の事例も挙げておられますので、興味がある方は読んでみることをおすすめします。

私自身、クラウドソーシングを通して仕事をしてみて感激したのは、顔も名前もわからない人の「困った!」に、お客様から見て顔も名前も知って頂けていない私が「解決!」できるという不思議きわまりない体験です。

従来のサラリーマン的働き方では、まず社名というブランドがあり、エンジニアという肩書きがあり、諸々の手続きを経て、さあお困りごとを解決しましょうかね、という極めて面倒な手続きを踏む必要がありました。

これでは発注する方も「ここまで苦労したんだからちゃんとやってよね」という気になるし、発注される側も「最悪、会社のブランドでなんとかなるよね」という気にもなるかもしれません。

クラウドソーシング上の私には、何のブランドもないし、何のスキル保証もなく、そして顔も正確には見えません。「真摯に取り組みます!」という、私からの一方的な発信しかないのです。

そのような一方的な発信を信じて頂け、ご発注いただき、そして解決したとお礼まで言っていただける。そう思うと、120点、150点を取ってお客様を驚かせよう!という気持ちになれるのです。

私自身の信条である「やってみよう!」に則り、これからも少しずつクラウドソーシング上のお仕事を広げて行こうと思っています。他にもoDeskやLancersにも登録しつつあるので、少しでも多くのお客様の「困った!」を解決できれば、それこそ本望です。

下記はCrowdworksに登録している私のプロフィールですが、お客様が発注先を吟味しやすいような作りになっています。

https://crowdworks.jp/public/employees/199067

他にも、Crowdworksは受注者がしっかり仕事をしているかどうかを確認できるよう、定期的にスクリーンショットを撮るタイムカード的なアプリも配布しています。それにより、発注側はブラックボックスの中で作業されたり、作業時間を誤魔化されたり、という事態を避けることができます。

私はタイムカードアプリがスクリーンショットを撮ることを失念していて、PCの壁紙を変えておくのを忘れてしまいました。壁紙は妻と写っている結婚式の写真なので、特に隠すようなことでもないのですが、あとから自分のスクリーンショットをチェックしている時に、「しまった!」と一人赤面していました。幸い、妻の顔が開いたウィンドウで隠れていたのと、スクリーンショットの解像度がそこまで高くなかったので、救われたような気がします。

そんな恥ずかしい失敗も乗り越えながら、これからも存分にクラウドソーシングを活用していこうと思っています。迷われている方は、是非登録をおすすめいたします。

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カタカナの怖さ

先日、とあるお仕事でのことですが、「Route」のことを「ルート」と表記した資料を元にいろいろと話を進めていました。

わかりにくいのでアルファベットにしましょうか、という提案をしたところ、本来「Route」となるべき所が、「Root」(スペルを勘違いされていた)となってしまったことがありました。

「Route」と「Root」はどちらもITインフラ周りではよく出てくる用語ですので、一見すると意味が通ってしまったりして大変ややこしい思いをして苦労しました。

 

私は自分で資料を作る際には、ほとんどの場合において、類似のカタカナ語が存在する場合はアルファベット表記を使うことにしています。

この例であげたRouteとRootや、PacketとBucketなんかもそうですし、PathとPassなんかもわかりにくいです。WeightとWaitなんか、両方ともお尻に値がついて「ウェイト値」という言葉で使われることが多いので、大変わかりにくいです。

これらをカタカナにして表記しておくと、一見しただけではどちらの意味かつかめず、暴走してトラブルにつながることがあり得ます。直接的に大きなトラブルにつながることはないかもしれません。しかし、例えば、Linuxに対して「Routeの設定を変更」というような曖昧な指示が出た場合「Rootの設定を変更」と勘違いして暴走してしまったら大変です。

「そういえばRootのパスワードを変えるかも?みたいな話が出ていたなあ」といった偶然が重なってしまったら、ある日突然root権限のパスワードが変更されていて、パニックが起きるかもしれません。

 

ネットワーク機器の話をしているときは、スタンバイという言葉の雑な使い方も、個人的には気になっています。

HSRPにおいてはstandbyという文法で設定を行いますが、HSRPというプロトコルは同様にスタンバイルータを構築するためのものです。

会話の中で、「スタンバイの設定」という言葉が出てきた場合、「HSRPの設定を行う」のか、「スタンバイ側機器の設定を行う」のかが、わかりにくくなってしまいます。

ハインリッヒの法則によると、大きなトラブルは軽微なトラブルの積み重ねによって起こるとされています。曖昧なまま確認しなかったことで、自分がトラブルを起こしてしまうことはできれば避けていくほうがいいでしょう。

ですので、私は「カタカナ表記=依頼者の中で定義が曖昧=注意」と自分の中でリンクして考えることにしています。カタカナ満載の資料が届いた時には、必ずカタカナ語の意味を確認することにしています。

その際、最も重要なのは、「依頼者側は専門家ではないため、しっかりと用語定義ができている必要はない」ということだと思います。用語の履き違え、意味の取り違えがあった場合、悪いのは確認しなかった専門家側にあるということだと思うのです。

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