月別アーカイブ: 2014年10月

受注失注の重み

自分でビジネスを始めてみて思うことがあります。それは、受注したとき、失注したときの高揚感と胸の痛みです。

おかげさまで、少しずつ手探りの提案をして、いくつか受注を頂いたり、いくつか失注を経験したりしています。やっていることはサラリーマン時代と大きく変わりませんが、自分自身の心の中は全く違って感じられます。

サラリーマンをしているときは、受注をしても失注をしてもどこか「他人事」のような部分があり、心から喜んだり、心から悲しんだりすることはありませんでした。

もちろん気持ちの面では受注を喜び、失注を悔しく思っていたのですが、完全に自分のことだと受け止めることができずにいたのです。それはきっと、ビジネスがどこか「他人事」のものであったからです。自分の中で、他人から頼まれたことをやっている、という感覚を捨てきることができなかったからでしょう。

特にエンジニア職として、どちらかというと、提案に「ついていく」側だったので、その辺りのよそよそしさをぬぐい去ることができずにいたのかもしれません。

しかし、今はすべての提案を自分で考え、自分で試し、それをなんとかビジネスに結びつけていくというプロセスを繰り返しています。圧倒的に失注の方が多く、何も前に進められずに悔しい思いだけをして終わることが殆どです。

ですので、失注の苦しみは何度も味わっておりますが、そのときの胸の痛みはサラリーマンをしていた頃とは比べ物にならない痛みです。一生懸命頭をひねって導きだした我が子のような提案を真っ向から否定されたような、そんな谷底に突き落とされるような気分になるのです。

それはきっと、何もかも自分で考え、何もかも自分で決断しているからこそ、その提案にかける思い、お客様の環境をよくしたいという考えも人一倍になるからだと思います。

対して、受注のときの喜びは、それはもうすばらしいものです。自分の考えを人に認めて頂けるということが、これほどまでにすばらしいのか、こんな思いをすることができるのなら、もっと早く独立すべきであったと、心から思えるのです。

わからないことだらけ、失敗だらけ、できないことだらけで奮起と挫折の毎日を過ごしています。楽な道を進みたい、ショートカットしたいと思うことばかりです。

それでも、この受注の喜び、失注の痛みを知ることができた。それだけでも、自分で仕事を始めてみてよかったと思っています。なぜなら、将来私に仲間ができたとき、このときの気持ちは彼ら、彼女らに伝えることができると思うからです。それで少しでも、その人それぞれに合った働き方をしている人が増えたらいいなと思うのです。

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設定作業に集中できる、Console設定

検証や設定途中にログアウトすると、検証の中断となったり集中力が途切れたりします。下記の設定を入れておくことで、console設定中の邪魔を可能な限り防ぐことができます。

exec-timeout 0 : タイムアウトによるログアウトが発生しません
privilege level 15 : enableモードの状態でログインします
logging synchronous : consoleメッセージに邪魔されることがありません

 

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EEMでinterfaceがDownした際に、別のintefaceをDownさせる

EEMでFastEthernet0のinterface downを検知した際に、FastEthernet1もdownさせます。また、EEMが起動したことをlogに記録します。

 

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「やりたいこと」の難しさ

「やりたいこと」とは一体なんなんでしょうか。

起業、独立、そういった文言の飛び交う本を読んでいると、総じて「やりたいこと」を「やれ」という言葉が書いてあります。

元々は本田宗一郎さんの言葉だそうですが、この「やりたいこと」というのは、本当に多くの人が頭を悩ませることです。「やりたいこと」を「やれ」と言われても、何が「やりたいこと」なのかを正確に理解している人はあまりいません。

かく言う私も「やりたいこと」が何かを明確にするには、非常に時間がかかりました。

人によってはすぐに「やりたいこと」が見つかったり、言語化できることもあるのでしょうが、私の場合はノート一冊を必要としました。

とにかく、この「やりたいこと」というのを言語化する作業というのは、途方もない時間がかかりました。言語化しなければ、「やりたいこと」というのは自分の中で明確になりませんでした。

言語化していく過程の中で、自分は「やりたい」と「やりたいこと」を分けているのではないかと気づきました。

例えば、「旅行に行きたい」は「やりたい」であって、「やりたいこと」ではない、とか、「仕事」に関するものでなければ「やりたいこと」ではない、という自己ルールを勝手に定めている事に気づいたのです。

しかし、どこからどこまでが「仕事」なのでしょうか。仮に、「やりたい」ことがすべて「やりたい」ように実現できるとして、それでお金ももらえるとしたら、それは「仕事」でしょうか。

生活ができるとかできないとか、家族がどうとか、誰かに迷惑がかかるとか、そういった事は一旦取っ払って、「やりたい」を列挙しました。そのうち目標のみで埋め尽くされたノートには、「やりたい」を実現するためにはどうすればいいかという肯定的なプロセスが書かれ始めます。

「やりたいこと」を10個でも20個でも羅列して、それぞれをとにかく肯定していくサイクルを続けていくと、「やりたいこと」は「今一番やりたいこと」にしぼられていきます。

しぼる基準は、「一番実現できそうだからやりたい」や、「一番興味あるからやりたい」など、何でもいいと思います。とにかく「やりたいこと」を言語化して、リスト化して、向き合ってみれば見えてくると思うのです。

「やりたいこと」を「どうやって実現しようかなあ」というポジティブな感情で頭の中を満たしていると、今度はやりたいことを形にする方法が見えてくると思います。

私自身は、自分が足がかりとなって、多くのITエンジニアが独立して働くような社会を作れればいいと思っています。そのためには、資産をなげうって(雀の涙ほどですが)いろいろな試行錯誤のために使っていきたいと思っています。そういう風に生きていくことで、少なくとも、自分と同じように考える人たちは幸せになると思うし、新しい生き方の方向性を提示できれば、私自身も楽しいと思えるからです。

やりたいことをやろうとするには、常にリスクや何かを捨てることが必要とされます。しかし、これからの長い人生で、すべてを守り続けて生きていくことはできないと思うのです。

リスクが自分のやりたいことを具体化させにくくしているのでしょう。しかし、人生のうち、一年でも、二年でも、大きなリスクをとって何かに挑戦するという期間があれば、たとえ自分が今何歳であったとしても、今後に生きてくるのではないでしょうか。

ですから、やりたいことを探し始めるのは、まさに今、この瞬間であり、あれもこれもやりたいことなら、あれもこれもやってみるべきだと思うのです。

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新しい経験の面白さ

よちよち歩きのビジネスをはじめて、日々新しい事の発見や経験があります。

なかなか売上に結びつかず、ひたすら堪えるしかない思いをする。
自分のスキルを巧く伝えられず、お客様に真の価値を訴求できない。

こういうような悔しい思いや、ふがいない経験ももちろんあります。しかし、本当に素晴らしいと感じるのは、これまでの自分の視界を飛び出した事によって見えてくる全く違った世界です。

先日は一瞬で決まる商談を経験しました。全くお会いした事のない分野の方と、お話できるチャンスに恵まれました。Web会議のシステムで驚くほど迅速な打ち合わせを経験しました。

自分の立ち位置や、看板を何も気にせず、ただお客様のシステムが気になるので、という理由で自由に動き回れる楽しさは何にも代え難い経験です。

本当は売上や利益を気にしながら、一喜一憂しなければならないのかもしれません。しかし、せっかくの自由な経験をするチャンスを得たので、とことんまで経験していく事の方が大事だと考えています。

歳を経ていくと、経験したことのある事の方が、経験したことのない事より多いかのような錯覚に陥り、「別にやらなくていいかな」と切り捨てて生きていく場面が多くなりがちに感じます。

私も三十代半ばに差し掛かっていますが、自分が経験豊かな人間であるかのように錯覚してしまいがちになることがしばしばあります。

しかし、実際は経験したことのない事の方が遥かに多く、専門としているネットワークやセキュリティの分野でさえ、まだまだ経験したことのない事の方が多いのが事実なのです。

それはどの専門家にも言えることですが、弁護士だって世界中の全ての訴訟を経験することは不可能だし、裁判官も全てをさばく事はできません。

重要なのは、新しい経験をするには、新しい経験を得に、自ら出向かなければならないという事です。求めなければ得られません。

一つのフィールド、一つの文化の中で、全てを得る事は絶対にできないのです。新しい経験や、新たな成長の高まりを求めるのであれば、自ら狩りにでかける事が重要だと思います。

新しい経験を意識的にしていないと、新しい経験することはとても面白い事だと、人は忘れがちになります。童心に還り、働くことも経験して行く方が、人生は面白いのではないかと思うのです。

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夢をかなえるゾウを読みました

話題になってからしばらく経っているかと思いますが、当時は読む機会に恵まれませんでした。ですが、最近、妻に薦められたこともあって読んでみました。

素晴らしい本でした。

幾つか既に実践している課題もありましたが、「トイレ掃除」は毎日するようにし始めましたし、「靴磨き」の頻度もあげる事にしました。元々「プレゼント」は好きな方ですが、もっとできることがあるのではないかと考えるようになりました。

内容としては、しがないサラリーマンの主人公が、少しずつ成長していくサクセスストーリーですが、ポイントになっているのは、要所にちりばめられた自己啓発的な示唆です。

インドの神様であるガネーシャが主人公に対して日々課題を課していき、その課題に挑戦していきながら、主人公は「やりたいこと」に近づいていきます。

時折、自己啓発本を批判したり、意味がないなどと切り捨ててしまうような内容も見かけますが、それは半分正解で、半分不正解だと思います。

自己啓発本自体には確かに意味はありませんし、書いてある事も大体似通っています。書いてある事を実行してみるというマインドを醸成できなければ何冊読んでも身になりません。それは、歴史書であっても、教科書であっても同じ事です。

しかし、似たような事が書いてあるな、と批判的な目線で見るのではなく、何か新しいヒントがあるかもしれないという好意的な目線で読めば、内容の見え方も変わってきます。要約すれば同じ事を言っていたとしても、表現の仕方は作者によって全く違います。表現の仕方に着目して読めば、少なくとも表現の仕方について学ぶことはできるのです。

「何かを学ぶ」と決めて読んでいれば、どんな本からでも「何かを学ぶ」事はできるはずだと思います。

少なくとも、私はこの本から多くの事を学ばせてもらったので、非常に有意義な時間を過ごせました。

私はKindleで読みましたが、Amazonマーケットプレイスであれば、中古で1円から買えるようです。

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働き方を変えるチャレンジ

常々こう思っていました。

朝4時から昼の12時まで働く日が週に三日。朝7時から夕方5時くらいまで働く日が週に二日。これぐらい働き方に自由度があれば、自分のパフォーマンスは最大化できるはず。

こうも思っていました。

会社が貴重な時間と安くはない交通費を投じて、オフィスに通わせる意味は何だろう。Skypeやビデオチャットで解決する打ち合わせは週に何件あるだろう。

これらを突き詰めて考えていくと、私の働き方はオフィスには存在しませんでした。会社の中にも存在しません。探していくとどこかの企業に存在するかもしれませんが、探す時間がもったいないと感じるようになりました。

この事を色々なエンジニアに話してみると、同じように考えているエンジニアは非常に多い事に気づきました。

生産性高く仕事ができる環境は人それぞれ違い、考え方や生活習慣も人それぞれ違いますが、朝9時にオフィスに行かなければならない事だけは決まっています。生産性高く仕事をすることが求められているはずですが、それよりも朝9時にオフィスにいることが優先されます。

これは本当にあるべき姿なのでしょうか。本来はもっとパフォーマンスを出せるはずの人たちの個性を殺しているのではないでしょうか。

 

「やってみよう」の信条をもとに、私は独立する事にしました。

If not me, who? If not now, when?

これは、Emma WatsonがUNで行ったスピーチの一説ですが、私にもぴったり当てはまると思っています。

私がエンジニアとして、自分の思う働き方を少しずつ確立していく過程を共有することで、一人でも多くの方が最高のパフォーマンスで、自由に働くようになっていけばいいなと考えています。

最高のパフォーマンスが出せる時間帯に、できるだけ質の高い仕事をしていけば、少しずつでも仕事が認知され、働き方が成立していくのではないかと考えています。

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